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NO.376(2009年3月)

たなか・ラ・コラム
第73回 人間の仕事としてのマーケティング
田中 洋
教師 ビジネススクールでマーケティングを論じる。雑用に追われて常にあたふたする。
学生 あるメーカーのブランドマネージャー。社会人ビジネススクールでMBA取得を目指す。

マーケティング実行

教師 三月になってようやくビジネススクールも一年が終わったな。社会人相手のビジネススクールは手抜きができないから困る。学部生なら会社と社会の区別もわからないので、いい加減な教師でも何とか務まる。しかし社会人相手のビジネススクールじゃそうはいかない。学生の要求も高いし、知識も問題意識も高いときている。教師だってウン十年前の知識じゃあどうしようもないから、いつも勉強勉強ということになる…はぁ~…。
学生 センセイ、何を考えているんですか。
教師 ああ、人生の無常について考えていたんだ。哲学なくてはビジネスも成り立たないからね。
学生 哲学とおっしゃる割にはため息をついておられたようですが。
教師 人生はあまりに儚いからね。ため息のひとつもでようというものだ。私の思考は余りに深いのでそうなる。
学生 だったらいいんですけどね。ちょっとお尋ねしたいことが。
教師 春休みなんだから、ちょっとはのんびりしたいところだけど、何かね。
学生 マーケティングの実行段階でどんなことが問題になるかプロジェクト研究のテーマにしようと思っているんですけど、あまり先行研究がないんです。
教師 確かにマーケティング計画だとか、戦略立案については、イヤになるくらい本が出ている。しかし実際に戦略を実行に移す段階でマーケターがどう振舞ったらいいのかについては、ほとんど書いてないものだ。
学生 どのようにまとめたらいいんでしょうか。
教師 さあて、この分野はあまり先例がないので、ちょっとずつ考えてみるしかしょうがないな。
学生 ぜひお願いします。

何をすることか

教師 マーケティングって何をすることだと思う?
学生 え、マーケティング担当者は、データを分析して戦略を考えたりしますよね。パソコンに向かって地域別のデータを分析してみて流通店舗の対策を考えたりもしますけど。
教師 ふつうマーケターの仕事はそのようにデータやコンセプト相手にうんうんうなるイメージがあるけれども、実際のマーケターの仕事というのはどうもそうじゃない。人を動かすことなんだよね。
学生 そういわれてみれば、そうかもしれません。確かに立案した戦略やコンセプトをプレゼンして、トップに納得させたり、流通を説得することがマーケターのリアルな仕事ですね。
教師 そういう人間相手の仕事がマーケティングの仕事なんだと考えたうえで、どういうことを考えたらいいかな。
学生 まずマーケターの持つデータや知見を社内で伝達することでしょうか。
教師 そうだね。例えば、店頭の売上データをわかりやすい形で社内で伝達する仕事があるだろうね。そういうときは、データを編集して、納得しやすい形に変換して、プレゼンなりイントラネットで同僚に伝える仕事がある。次には、データを読み込んで何かアイデアやコンセプトを得たとき、それを他の社員やトップに説得する必要があるだろうね。
学生 マーケターの仕事で大事なのは、上司やトップマネジメントに自分の考えを伝えて予算の承認を取ることのように思います。
教師 それができて、はじめて立派なマーケターといえるだろうね。ただし伝達と説得でマーケターの仕事が終わるわけではない。例えばR&Dの担当者と会うときはどうかな。
学生 テクノロジーの人と仕事をすると刺激的ではあるんですが、なかなか意識を同じにすることが難しいんです。相手は技術畑の人ですから。
教師 そうなるとマーケターの仕事には、情報や問題意識の共有化ということも入ってくる。それに技術者と話すときは、彼らにどうして欲しいか伝えて、それを実際にやってもらう必要があるよね。さらに、技術者が何を考えているか、それを正確に読み取ることも必要だ。技術者の言うことのなかにマーケティングにとって重大なヒントが隠されていることがあるから。
学生 そうするとマーケターは解釈ということをしないといけないですね。技術者だけでなく、上司やトップの意向を読み取ることも必要なように思います。
教師 宣伝部や広報、あるいは、広告会社との付き合いという点ではどうかな。
学生 こちらの意図を伝えて、そのとおりに実行してもらうことも大事ですが、クリエーターには創造をしてもらわないといけないですから、これもちょっと違ったスキルということになりますね。
教師 広告クリエーターやPR担当者、あるいは、プロモーション担当者には、できるだけ創造力を発揮してもらって、今までにない斬新なアイデアを開発してもらわないといけない。このためには、創造力を援助するような取り組みがマーケターに必要になる。
学生 マーケターの仕事ってかなり複雑なんですね。
教師 ここまで話したことをちょっと図にまとめてみようか(図)。

マーケターの戦略実行モデル

マーケターの機能

学生 これはこれで分かりやすくなったんですが。
教師 何?
学生 マーケターの仕事の中身がこの図式からちょっともれているようにも思ったんですが。
教師 そうだね。では、マーケターが果たすべき機能をいくつかに分けてみよう。ひとつは「調整」だ。つまりR&Dや営業のような異なった機能を持った組織を結び付けて、企業全体がマーケティング組織としてひとつの方向に機能するようもっていく仕事だ。
学生 なるほど、マーケターは説得や情報の共有化などの作業を通じて、こうした調整の役割を果たすことになりますね。
教師 後は「創造」ということになるかな。単に部門間の調整をするだけでなくて、部門間の知識を統合して、新しいイノベーションを生み出す。社内には異なった知識やノウハウがごろごろしているので、それらをどうやって統合して、新しい企業資産に変換していくかが問われることになる。
学生 マーケターはやっぱり常に異なった知識を結合させて、新しい知識を創造していく部署でないといけないですね。おそらくマーケターがこうした仕事をよりよくこなせるように思います。もちろんマーケター自身が新しい発想を生み出すことを怠っちゃいけないです。
教師 いいことを言うね。結局のところ、マーケターは「調整」と「創造」のふたつの機能を通して、各部門に働きかけて、戦略を実行に移していくプロセスのことだと考えたら、より実践的なように思うな。
学生 これでプロジェクト研究のヒントができたように思います。やっぱりマーケティングは人間が行う仕事ということが実感できました。

*この記事のストーリーは架空のもので、企業や人物のモデルは実在しません。

田中 洋(たなかひろし)/
中央大学大学院戦略経営研究科教授。社会人ビジネススクールでマーケティング論を教えるとともに多くの企業でアドバイザーや研修講師を務める。主著に『消費者行動論体系』(中央経済社)、『現代広告論[新版]』(共著、有斐閣)、『広告心理』(共著、電通、日本広告学会賞受賞)、『欲望解剖』(茂木健一郎との共著、幻冬舎)、『Q&Aでわかるはじめてのマーケティング』(共著、日本経済新聞社)など。

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