スペース

Web版SPACEは毎月15日公開です。

スペース

Web版SPACEは毎月15日公開です。

マーケティングのキーコンセプト

#46 二重過程理論 Dual-process theory

田中 洋
中央大学ビジネススクール教授。京都大学博士(経済学)。日本マーケティグ学会副会長。マーケティング論専攻。社会人ビジネススクールで講義するとともに 多くの企業でアドバイザー・研修講師を務める。著作・翻訳に『ブランド戦略・ケースブック』(編著、同文舘出版)、『キュレーション』(監訳、プレジデント社)、『大逆転のブランディング』(講談社)、『消費者行動論体系』(中央経済社)、『欲望解剖』(茂木健一郎との共著、幻冬舎)、など。その 著作により日本広告学会賞を三度、また2012年東京広告協会より白川忍賞を受賞している。
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/cbs/index_j.html
衝動買いと慎重買い

 買い物に行ったとき、おいしそうなケーキを見つけて、思わず買ってしまった、というような衝動買いの経験は誰にでもあることでしょう。また一方、マンションを購入するというときは、価格・交通の便・間取り・施工業者・家族の将来計画・将来の転売価格…などを一生懸命考えて、慎重なるがうえにも慎重に決めるのがふつうです。私たちは日常の消費の場面で、このように直感を使って瞬間的に決めることもあれば、さまざまな条件を考え合わせてじっくり考えて決めることの両方があります。
 こうしたとき、私たちは、「システム1」と「システム2」という思考におけるふたつのモードを使い分けていることになります。つまりケーキを衝動的に買ったときは、システム1の思考方法を、マンションを慎重に買ったときはシステム2を使ったのです。このように私たちの大脳が用いる二つの情報処理システムのことを二重過程理論と呼んでいます。
 この用語をもともと提唱したのは、スタノビッチとウェストというふたりの心理学者でした(Stanovich, 2011)。この考え方は広く科学者の同意を得るに至りました。心理学者としては初めてノーベル経済学賞(2002年)を受賞したダニエル・カーネマンは、この二つのシステムという考え方を展開して、『ファスト&スロー』という一般向けの著書を書いています。
 カーネマンは、故エイモス・トヴェルスキーとともに研究を重ね「プロスペクト理論」を発表したことで知られています。この理論はのちに行動経済学の基礎づけとして用いられました。私たちは完全に合理的ではありえず、同じ金額であってもコンテキスト(置かれた状況)によって異なった価値を見出す存在なのです。またカーネマンたちの研究は、マーケティング論や消費者行動論にも大きな影響を与えています。
 カーネマンたちはその研究の初期に、いかに私たちの判断が合理的なものではなく、バイアス(偏り)をもったものであるかを実験によって示しました。こうした発見は、のちにシステム1がもたらすバイアスであることが判明するのですが、とりあえずカーネマンの案内に従ってシステム1とシステム2がどのようなものであるか見てみましょう。

システム1のはたらき

 ここで言うふたつのシステムとは、物事を思考し、判断し、反応するとき、私たちの大脳はふたつのやり方がある、ということを意味しています。システム1は自動的に素早く働く知覚の仕組みです。私たちの日常生活の場面の多くで、私たちはシステム1を用いて生活しています。
 たとえば、毎日の買い物でスーパーの店頭で、いつも使っている調味料をセール価格で買うとき、あるいは、シアトル系コーヒーショップに入って、愛飲しているカフェラテを注文するときなどです。こうした場合、自分の認知的努力というものはほとんど必要ありません。またシステム1は私たちが起きているときは、常に「オン」の状態になっており、休むことがないのです。そして、システム1は衝動的で、一瞬の判断や行動がそこから生まれてきます。
 このようなシステム1の性格のために、私たちはこのシステムを便利に使いこなしている一方、ときとしてバイアス(歪み)のかかった判断を下してしまうことがあります。たとえば、ある商品の価格を推定するとき、たまたま偶然にそのときに示された数字を目印に推定してしまう、というような「アンカリング」(係留効果)と呼ばれるような効果がそれです(マーケティングのキーコンセプト#33「お金のバイアス」参照)。
 アンカリング効果の例として次のような場面が想定できます。テレビで放映される通販広告で、最初に高価格の宝飾品をデモンストレーションしておいて、次に別の薄型テレビの価格をオーディエンスに「この値段はいくらだと思いますか?」と推定させます。次に、より安い本当のテレビの販売価格を提示することで、オーディエンスに「安い!」と思わせられる可能性があります。これはシステム1がなせる技なのです。

システム2のはたらき

 これに比較して、システム2が活躍するのは、私たちが“頭を使う”ときです。たとえば、自宅のローンを組むために複雑な計算を行ったり、スマートフォンを選ぶ時3つの機種の中から悩んだ挙句ひとつを選択するような場合です。システム2においては、注意力が必要とされます。また、システム2は日常では低レベルのモードで働くようになっており、いざというとき以外は働かないのがふつうです。そしてシステム2はじっくりと働き、システム1の暴走を抑え、自分自身をコントロールする役割を果たしています。
 システム1と2とは共同して事に当たることがあります。それはシステム1が困難に直面しているときです。消費行動で、パッと衝動買いをしようとしたとき、「本当にこれを買っていいの?」という心の中の声が聞こえたとしたら、それはシステム2の声なのです。システム1だけでは判断が難しいとき、システム2が作動し、問題を解決しようとします。
 ただシステム2が作動する場合はさほど多くありません。たとえば一番最初にパソコンを買う時、どの機種を選ぼうか困難を感じた経験があっても、二度目からはさほど努力しなくてもパソコンを選ぶのに苦労しなくなるはずです(しかしスマホやタブレットなど新しい製品カテゴリーが出現するときはまた選定に苦労します)。私たちの脳は、スキルを得て、次第に向上することができるのです。
 消費行動でも、いくつかの選択方法があるときは、最も少ない努力で消費者は選択する傾向にあります。このことを「最小努力の法則」と言っていますが、私たちはできるだけ大脳のエネルギーを節約して使うよう進化してきたのです。
 図では上記のふたつのシステム以外に、「知覚」が挙げられていますが、これは、人間の目・耳・鼻などで感じ取る感覚器官に由来する反応と言っていいでしょう。

消費者行動では

 消費者行動でも常にこのふたつのシステムが補い合いながら働いています。問題はどのように私たちの反応が、その後の商品購入などにつながるかです。たとえば商品を見て一瞬に感じるような感情的な反応は、その後の購買にどのようにつながるのでしょうか。
 ある研究によれば、「好き」という反応と「嫌い」という反応は、消費者の反応として、必ずしも対照的ではないという結果が報告されています(Herr & Page, 2004)。「好き」という反応は自動的なシステム1なのですが、「嫌い」という反応はシステム2,つまり、より注意や思考を要する認知的なプロセスなのです。このため、嫌いという反応はそのあとの情報処理により大きな影響を及ぼす傾向にあり、ネガティブな反応(「嫌い!」)を想起するほうが、ポジティブな反応想起よりも、その後の情報処理に影響を及ぼすのです。言い換えれば、最初の反応として「嫌い」の反応のほうが、消費行動により大きな影響を及ぼすことになります。
 これを実務的な場面に直してみましょう。店頭で最初に「嫌い」という反応を引き起こすと後で訂正するのが難しい、ということになります。ということは、まず最初に「好き」という反応を引き起こしておく、あるいは少なくとも「嫌い」と思われないことが重要である、ということになるでしょう。
 また、ときに私たち消費者は、こうしたシステム1とシステム2とのコンフリクトに悩むことがあります。たとえば、一見しておいしそうなケーキに惹かれる一方、よく考えるとケーキよりも健康に良さそうなサラダを選んだほうがいいのではないか、というような意思決定場面です。
 シフたち(Shiv & Fedorikhin, 1999)の実験によれば、被験者に認知的資源が乏しい状態、たとえば難しい計算のような認知的タスクを与えた状態で選択させると、感情的に好ましいが認知的にはネガティブな(=おいしそうだが、健康という点ではどうか?)チョコレートケーキを、フルーツサラダよりも消費者は選択することが多くなります。しかし情報処理がよりしやすい状況において、消費者に選択させると、感情的には好ましくないけれども、認知的にはポジティブな(=健康により良さそうな)フルーツサラダを選択する傾向が強くなるのです。
 このように二重過程理論は、消費者行動におけるもっとも基本的な考え方のひとつとして、マーケティング実践上知っておくべき理論と言えます。

図 二重過程理論の概念図

出所:カーネマン(2011)「二重プロセスシステムの概念図」、p.103

[引用文献]
・Bond, S.D., Bettman, J.R., & Luce, M.F. (2009). Consumer judgement from a dual-systems perspective. In: Naresh K. Malhotra (eds.), Review of marketing research, Vol.5, 3-37. (Armonk, NY: M.E. Sharpe)
・Herr, P.M. & Page, C.M. (2004). Asymmetric association of linking and disliking judgments: So what’s not to like?. Journal of consumer research, 30(4), 588-601.
・Kahneman, D. (2011). Thinking fast and slow. New York: Farrar, Straus and Giroux. (邦訳:カーネマン、ダニエル (2012)『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(上・下巻)(村井章子訳)早川 書房)
・カーネマン、ダニエル(2011) 『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』楽工社
・Shiv, B. & Fedorikhin, A. (1999). Heart and mind in conflict: The interplay of affect and cognition in consumer decision making. Journal of consumer research, 26(3), 278-92. Stanovich, K.E. (2011). Rationality and the reflective mind. New York: Oxford University Press.

表紙に戻る

Page Top

トップに戻る