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マーケティングのキーコンセプト

#81 ブランド環境 Branded Environment

田中 洋
中央大学ビジネススクール教授。京都大学博士(経済学)。社会人ビジネススクールでマーケティング戦略論を講義するとともに 多くの企業でアドバイザーや研修講師を務める。
近著に『消費者行動論』(中央経済社)、『ブランド戦略全書』(編著、有斐閣)、『ブランド戦略・ケースブック』(編著、同文舘出版)、『1ワー ド3分でわかる!基本から最新までマーケティングキーワードベスト50』(ユーキャン)など。
日本広告学会賞(3度)、日本マーケティング学会ベストペーパー賞、東京広告協会より白川忍賞を受賞。
■ブランド環境とは

 ブランド環境とは、ブランド経験が実現される空間的・時間的な「場」のことを指します。言葉を変えて言えば、特定のブランド特有の経験が感じられる場所のことを意味しています。「場」とは空間的な概念ですが、それは同時に時間的な概念でもあります。
 消費者は、ブランド環境に、ある場合は、積極的に身を置き、別の場合は偶然にその場に居合わせます。そしてブランドの発信する情報を受け止めます。このとき、消費者は、ブランドの発信する情報に、感覚器官である五感すべてを使って対応します。つまり、音を聞いたり、話しかけるだけでなく、香りを嗅いだり、皮膚で感じたりもします。
 ブランドのコミュニケーションはかつて商品やマス広告を通じて訴求されるのが常でした。ウェブを通じたコミュニケーションがここに加わりました。しかし、こうしたコミュニケーションだけでは差別化のために十分ではありません。ブランド環境をメディアとしてつくりだすことでより効果的に顧客とコミュニケーションすることが試みられるようになったのです。
 ブランド環境の成功例は「アップルストア」です。特徴的なストアデザインやサービススタイル、また、店頭でのプレゼンテーションなど、アップルストアの行ったことは、アップルブランドを強化することに大いに貢献しました。アップルストアのひとつの大きな特徴は、レジがなく、「ジーニアスカウンター」と呼ばれるスペシャリストが顧客に対応するスペースが確保されていることです。
 なお、アップル創業者である故スティーブ・ジョブス氏がアップルストアをデザインするに当たって、最終段階で日本人デザイナー植木莞爾氏がかかわったことが特筆されます。また2015年9月には、アップル社の最高デザイン責任者であるジョニー・アイブ氏がデザインした新しいアップルストアがベルギー・ブリュッセルにオープンしました。アップルストアでのブランド体験は常に更新されているのです。
 ブランド環境は図のように主に4つに分類できます。ひとつの軸は、参加者が能動的であるか、あるいは、受動的であるか、の軸です。参加者が自分で進んでその場に参加したいと思うか、あるいは、受動的にその場から発信されるコンテンツを消費するかの違いです。もうひとつの軸は、その場が商業的なものとして最初からあるか、あるいは、スポンサーがついた場であるかの違いです。順に見ていきましょう。

ブランド環境のカテゴリー
■エンタテイメント空間

 典型的なブランド環境の事例として、ディズニーランドのようなテーマパークが挙げられます(図の①)。これはエンタテイメント空間として位置づけられます。ディズニーランドでは、観客は常にディズニーというブランドの存在を意識しないではいられません。ミッキーや白雪姫のようなキャラクターたちは、ディズニーという大きなブランドの下で機能しており、ディズニーのカラーに染め上げられています。
 このために、ディズニーで顧客が感じた感動はすべてディズニーブランドに集約され、記憶として蓄積されます。結果としてさらにディズニーブランドが強力になっていきます。
 日本のテーマパークとして、近年、長崎のハウステンボスや大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のように復活を遂げたパークがあります。これらのパークも同じようにブランド環境として機能しており、傘ブランドとしてのテーマパークブランドだけでなく、娯楽施設のブランド(ハリー・ポッターなど)のブランド、さらにはパークに協賛している企業ブランドなども、観客に対してブランド環境を形作っています。
 こうした①のブランド環境は、大きな娯楽としての刺激を顧客に与えるために、大きな投資と、娯楽としての質の高さ、また、施設を持続的に発展させていくための長期的な計画が必要となります。

■商業空間

 アップルストア同様、ショッピングセンターや店などの商業空間もまた、ブランド環境のひとつです(図の②)。
 日本での成功例として、日本で化粧品のメーカー兼小売業者としての、ロクシタン(L'OCCITANE en provence)が挙げられます。ロクシタンは店をメディアとして考えており、そこでのメッセージ内容は、南フランスのプロバンス地方のライフスタイルなのです。それぞれの製品アイテムはプロバンス地方にまつわるストーリーをもっており、顧客は店の中でこうしたストーリーを追体験することができます。
 このほかにもイオンモールなどのショッピングセンターはそれ自体が巨大なブランド環境として機能しています。
 こうした商業空間でのブランド環境②と、①に挙げたテーマパークでのブランド環境と異なる点とは、顧客が②ではそこがモノやサービスが売られている環境であることを意識している点です。売られている商品ブランドと、商業空間で感じられるブランド経験とは一致しており、顧客は商品を購入する前提でブランド環境を歩いているのです。

■都市空間

 図の③の都市空間において、顧客は基本的には自由に動き回っています。しかし時に、マーケティングメッセージが伝わってきます。アウトドア広告も、ブランド環境を形作るときがあります。高速道路の看板のような存在は、特にアメリカにおいては、重要な広告メディアのひとつですが、環境のひとつのエレメントとなります。
 また都市空間においては、交通広告のようなメディアが発達して、交通機関利用者に半ば強制的にブランドメッセージを発信することがあります。近年では、デジタルサイネージュといわれる電子スクリーンによって、魅力的な広告メッセージが流されるようになりました。エレベーターのスクリーンで流される広告のように、「キャプチャードオーディエンス」(閉じ込められたオーディエンス)に向けたブランドメッセージもあります。フランスではバスの停留所に設けられた広告スペースは重要なブランド環境をなしています。
 これらの都市空間におけるブランド環境は、ニューヨークのタイムズスクエアにみられるよう、ときに都市の風景となって存在しています。ブランドメッセージは都市の風景と同一化することで、抵抗なく消費者に浸透することになります。

■イベント空間

 イベントもまた、ブランド環境のひとつです(図④)。イベントにもさまざまな種類がありますが、ここではとりあえず音楽イベントやスポーツイベントのことを考えてみましょう。
 近年では、ライブのイベントの価値が上がり、ライブの音楽市場は世界的にも成長しています。オンラインの世界が発達した反動として、リアルなシーンがより希少なものとして捉えられるようになったことが大きいのです。
 スポーツイベントもまた、広告スポンサーにとっては、メディアとして重要な位置を占めるようになりました。サッカー試合それもワールドカップのような世界的にも規模の大きなイベントでは、高額なスポンサー料が支払われています。オリンピックも同様です。
 こうした音楽やスポーツイベントに際しては、観客はイベントを見るために受動的に参加するものの、イベントの場面ではときに熱狂的に自分がファンのアーティストやプレーヤーのために声援を送ります。
 こうしたイベント空間では、ブランドメッセージは間接的にユーザーの心理に浸透していきます。例えば、サッカー場の袖看板に掲げられたブランド広告は、さほどユーザーにうるさい意識をもたせることなく、ブランド名やメッセージを伝達することができます。

■ブランド環境の今後

 ブランドにとってブランド環境は、今後ブランドのメッセージ発信のためにより重要性を増すと予測できます。なぜならば、これまでのテレビ番組とともに出稿する広告や、ネットのようにスクリーンにうるさく頻出する広告ではなく、より自然な、また消費者に抵抗ない形でブランドメッセージを提供できるからです。
 また消費者にとってより望ましいブランド環境が今後もっと開発されることも期待できます。デジタル技術の発達によって、イベントに参加する人たちにさまざまな情報を提供できるようになったように、ブランド環境を消費者により望ましい形で改良していくことも必要です。

[参照文献]
「バーニーズNY、旗艦店移転とともに販売方法をデジタル化:モバイル、ビーコン、顧客データをフル活用」(2016/2/29)
http://digiday.jp/brands/how-barneys-is-digitizing-its-new-york-city-flagship-store/

「アップルストア1号店はこうやって生まれた!」
http://prestige.smt.docomo.ne.jp/article/5178

「ジョニー・アイヴがデザインしたアップルストア、オープン」
2015/9/24
http://wired.jp/2015/09/24/jony-ives-first-apple-store/

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