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マーケティングのキーコンセプト

#91 ブランドのジレンマ Dilemma of brand

田中 洋
中央大学ビジネススクール教授。京都大学博士(経済学)。社会人ビジネススクールでマーケティング戦略論を講義するとともに 多くの企業でアドバイザーや研修講師を務める。
近著に『消費者行動論』(中央経済社)、『ブランド戦略全書』(編著、有斐閣)、『ブランド戦略・ケースブック』(編著、同文舘出版)、『1ワード3分でわかる!基本から最新までマーケティングキーワードベスト50』(ユーキャン)など。
日本広告学会賞(3度)、日本マーケティング学会ベストペーパー賞、東京広告協会より白川忍賞を受賞。
■ブランドの悩み

 ブランド構築に際して、常について廻るひとつの問題がある。それは「売れる」ことと「ブランドをつくる」こととが必ずしも一致しないように見えることである。売ろうとすれば、ブランド価値を落とさざるを得ないし、ブランド価値を高めようとすれば売ることは一時的に諦めざるをえないことがある。このことを「ブランドのジレンマ」と呼んでみよう。
 こうしたブランドのジレンマはあらゆるブランドに適用される問題であるが、特にハイブランド、つまり高級なファッションブランドほどこうしたジレンマに陥りやすい。高級ブランドと呼ばれるブランドのいくつかは、世間がバーゲンのシーズンに突入したとしても、決して値引きをしない。その結果、お店に来る客が減ったとしても、気にしない。しかしどのようなブランドであったとしても、最終的には売上が問題になることは間違いない。どのようにしてこのジレンマを突破できるのだろうか。

■ジレンマのブレークスルー1

 ブランド価値を維持しながら、売上を同時に追求するためには、いくつかの工夫がいる。もっとも問題なのは、価格を切り下げて売ろうとする意図が顧客に伝わってしまうことである。こうした行為は、価格を下げても売らなければならないほどブランド価値が低下しているのだと顧客に考えられてしまい、さらにブランド価値が下がり、それまでの上顧客が離反するきっかけをつくってしまう。こうした事態を避ける方法を以下で考えてみよう。

限定低価格戦略:ごく一部の顧客に限って低価格で一定の期間にバーゲンを行い、売上を確保する。ディスカウントは実行するものの、その対象をごく限って行うために、一般にはバーゲンを行っていることを知られない。会社の家族・親戚やその友人に対して、招待状やクーポンを発行して、店舗とは別会場あるいは店舗の限定された場所でセールを実行するやり方である。

非価格訴求戦略:価格を切り下げる代わりに、他のメリットを一定期間、購入顧客に与える。ポイントを増加する、あるいは、ブランド価値に見合ったプレミアムが当るロテリーを実施する、あるいはプレゼントを贈呈するやり方である。

限定流通戦略:郊外のアウトレット、あるいは、都市中心部以外の店舗を活用して、そこだけで低価格セールスを行う。

低価格アイテム戦略:一定期間に限定された数量の低価格アイテムを発売する。品質は少し落として、既存品との両立を図る。

低価格正当化戦略:チャリティーや社会貢献などの大義に基づく理由をつけて、限定的に低価格で売る。この場合、大義に対して何らかの寄付を行う必要がある。

■ジレンマのブレークスルー2

 上記に挙げた戦略はいずれも、何らかの「プロモーション」と考えることができる。しかしこうした限定期間に行う施策だけでなく、本質的に価格を落とさずに売上を増加させるような戦略がとれないだろうか。以下はその代替案である。

・限定顧客戦略:低価格を狙う顧客を最初から相手にせず、少数の選ばれた顧客とだけつきあう、という戦略がある。「バーゲンハンター」あるいは「チェリーピッカー」と呼ばれる顧客グループは、低価格のときだけ購入する客であるので、こうした顧客層を最初から相手にしない、つまり、低価格では決して売らないという姿勢を取ることはひとつの戦略である。では誰を狙うかと言えば、価格の高低にこだわらず、必要なときだけ必ず購入する顧客層を掴むことである。ニューヨークの5番街やアッパーイーストサイドに店を構えているファッションブランドが取っている戦略は多くこれである。このようなお店は普段から閉散としているが、少数の固定顧客が必要とするときだけ買われることで成り立っている。

・サブブランド層化戦略:ブランドの商品ラインをいくつかの層に分け、上級ブランド層は決してバーゲンをしないが、下級ブランドはバーゲンをする、というようにサブブランドを使い分ける。このことによって、上級のブランドの価値は護られる。

・コアユーザー戦略:
コアユーザーを初期段階で市場に形成して、このユーザーから高価格が正当化できる理由をブランドに代わって広げてもらう。そしてコアユーザーから周辺に顧客層を広げてもらう。

知覚品質向上戦略:知覚品質を向上させ、一方では価格は据え置くことによって、「お得感」を演出して、顧客層の拡がりや購入頻度のアップが期待できる。

 ブランド価値を護ることは言うまでも無く重要だが、ブランド価値を護るというときに、ブランド価値のどの部分を護ることが大事かを考えるべきである。高価格を正当化するために重要なのは、知覚品質である。知覚品質を維持しながら、どのような売上増加策があるかを考えることが望ましいのである。


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